厚沢部文化遺産調査プロジェクト

北海道厚沢部町の文化遺産や歴史、自然について紹介します。

SAGA GISを活用した水文環境の分析〜史跡館城跡の事例〜

北海道厚沢部町では史跡館城跡の整備計画作成を進めています。整備計画では遺構だけではなく、植生や社会的な環境、給排水の環境も調査し、整備のアセスメントを行うことが求められています。特に給排水の構造を無視した史跡整備を行うと、遺構の保存や活用に悪影響を与えるだけではなく、周辺の住民や農業者に多大な損害を与える可能性があります。そのため、しっかりとした調査に基づいた設計が必要です。

厚沢部町教育委員会は2021年から2022年にかけて業務委託により水文調査を行い、史跡内の水文環境の把握を行いました。調査の結果、史跡内への給水と排水の経路や水量について把握されたようですが、史跡南側にある通称「丸山」の北西斜面を集水域とする水の流れは判然としないようです。そこで、GISを用いた水文環境分析を行い、私なりに状況を整理してみました。

館城の給排水経路

館城で明瞭な給排水経路は史跡南側の丘陵から堀・土塁の南東隅に流れ込む「給水A」、史跡が東側の林地から流れ込む「給水B」、町道側溝を通じて東側から流れ込む「給水C」があります。給水Aは排水Cから史跡西側へ排出され、また給水Bに合流して排水Bから排出されるようです。給水Cは史跡内の自然の流路を経由して排水Aへと至ります。

館城の給排水経路模式図

Catchment Slope

Catchment Slopeは雨水の流れやすさを表す指標で、流下方向の傾斜角度で表示されます。史跡南側の丘陵からの排水は、5系統が確認できました。

系統1は明瞭な沢状地形で常時滞水していますが、系統2〜5は見た目には沢状ではありません。ただし系統4は流末が沢状になっています。

館城南側丘陵のCatchment Slope

参考までに町道北側のCatchment Slopeも示します。大半の雨水は水路を経由して排水Aから与惣吉沢へ流出すると考えられますが、もともと沢筋があった系統6や南西部の「緩やかな地表流」の部分には地表流が発生する可能性があります。

町道北側のCatchment Slope

Catchment Area

水文解析で重要なもう一つの指標がCatchment Areaです。これは、任意の地点の集水面積を示す指標です。Catchment Slopeは水の流れを示す指標ですが、Catchment Areaは水の流れがなく湿地化した領域も抽出することができます。Catchment AreaとCatchment Slopeの関係は次のとおりです。

  • Catchment Slope低, Catchment Area低 = 尾根や丘陵上の平坦地。もっとも水はけが良い。
  • Catchment Slope低,Catchment Area高 = 水が流れず滞留する。低湿地。
  • Catchment Slope高,Catchment Area低 = 集水しない平坦な斜面。水はけ良い。
  • Catchment Slope高,Catchment Area高 = 水が流れ集水する。いわゆる河川。

Catchment SlopeとCatchment Areaを見比べることは水文環境を理解する上で役立ちます。

館城内のCatchment Area

Wetness Index

Catchment SlopeとCatchment Areaをベースに総合的な湿潤度合いを示すのがWetness Indexです。「湿潤指標」といったところでしょうか。土地の湿潤度合いを容易に見て取ることができます。

史跡館城内のWetness Index

まとめ

フィールドで水流を観測する場合、何らかの方法で水を集めその量を計ることとなります。しかし、史跡のような広大な領域では地下への浸透や地表流による拡散的な水流も無視できない水量と考えられます。そうした水流を念頭に置かず、たとえば潜在的な水流を断ち切るような園路の設置や盛土などの行為は意図しない水流の変更を引き起こします。それは、史跡の保存と活用に予期しない悪影響を与え、場合によっては史跡外へも悪影響を与えるリスクを抱えています。

今回の水文環境の分析はフリー・オープンソースソフトウェアのSAGA GISを使用しました。あまり難しいことを考えなくても、出力値の概念さえ理解できれば無料で手軽に分析できるため、水文環境の基礎的な理解を深める上で有用と感じました。